つれづれなるままに(真夜中)

突然であるが、書生の2014年の目標は計画と実行である。

 

目標に向かって付随するのが計画であり、その計画のもと実行があるのではないか

と思う方が多いと思う。(少ないか?w

 

書生の場合は、ここ数年、目標に向かって確固たる計画を立てずにその目標に向かって行動していた。

 

計画を立てずに目標に向かうことなどできないと思うかもしれない。

そんなこと考えれば分かることではないか

 

そんな声が聞こえてきそうである。

書生自身、全く意識しなかったわけではない。むしろ、方法論として目標に向かって計画、実行というカタチを目指さなかったのだ。

 

書生がここ数年とった方法論はこうである。

目標に向かって、こなさなければならない要素はたくさんあるだろうが、

目の前にすでにやらなければならないものがあるのであれば

まずは何も考えずにそれにガムシャラに取り組むということ。

 

この方法論について書生自身には下心があり、それは

計画を立てるのは面倒だし、それをする時間があったら目の前の課題に向かった方が良いよね

というものである。

 

そんな感じで数年、というかもう少し長い間、この方法論できた結果、この方法論を実行するには極めて重要な資質が必要であることに気づいた。というか、今まで気づかないふりをしていた。というのが嘘か真かは諸君の想像に任せたい。

 

その資質、おそらくそれだけでは足りないのだろうが、書生が強く感じたその資質の一つは、

 

目の前の取り組むべき課題に対して本当に真摯に向き合って、ガムシャラになれること

 

これである。

 

そして書生にはこれが欠けているのだ。

 

これに関しては昔読んだ、サッカー日本代表の長友佑都選手の記した「上昇思考」にとても良い例えがあった(書生的に)。

 

ニュアンスとしては、

目標があっても、それの達成に向けた計画とその実行がなければ、

どれだけ必死でやっていたとしても

それはプールにおいてゴールに向かって進む術も方向も分からず、ただ溺れないようにその場で必死に水かきをしているだけに過ぎない

 

という感じだったように思う。

 

これを読んだ時に書生は非常に感銘を受けた。というか、実はこれまでにもそういった経験はしてきていたのだ。

これまで書生は計画性のない時代を経、ストイックなまでに計画と実行を行った時代を経た上で、先に挙げた目の前のものに全力で取り組む方法論を数年意識して実行してきたつもりであった。

しかし成果は得られず(それは真の意味でのガムシャラをしてこなかったからだとは思うが)、どうやら書生には、目標に向かってきちんと計画立て、実行するという、非常に普通の方法論が合っているらしい。そうでないと書生はプールの上で目指す方向も分からずにジタバタし季節が巡り落ち葉よろしくプールの底でオフシーズンを過ごすことになる。

 

と思い、目標に対して計画立てて実行する、というのを目標にした次第である。

 

え?タイトルにつれづれなるままにって書いてある通り、この記事は計画立ててなくね?って??

 

ふと思い立ってブログを書くぐらいの遊びは必要だと思うのだ。

そう、車のハンドルのように(なんつって)